2011 India 1

台北


今年の仕事も昨日で無事終了し、本日より「独り社員旅行」に来ています。
現在地は台北の空港ラウンジ。乗り継ぎ便まであと10時間もあります(泣)。

…というわけで、新年のカウントダウンは、空港内で迎えます。

台湾は予想してたよりかなり寒いです。空港の喫煙所が屋外にあるんですが
東京とあまり変わらない気が…。 Tシャツ一枚のハリキリボーイは僕だけでした。

今回もまたまたインドに行きます。
デリーでビザが取れればパキスタンにも行きたいな…と。

とりあえず、国境まで行って、パキスタンもしくは、チベット亡命政府のある
ダラムシャーラーあたりを目指そうかと思っています。


国境で毎日行われているセレモニー。

日常の行事なのにこの盛り上がり。極めてインド的なノリです。サッカー観戦とかも
そうですが、地元の人と一緒に盛り上がるのってテンション上がります。
今からチョ~楽しみです。





デリー

今回で3度目となるデリーに到着。
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ホテルのレセプションで「デリーでパキスタンのビザ簡単にとれるかなぁ?」と探りを
いれると「すぐには取れないし、日本大使館からのレターが必要だ」との事。
無理っぽいとは思いながら、賄賂的なもので何とかならないものかと聞いてみると
「あんなクソ国家に行く価値はない!!」とキレられる…。
そう、印パは今でも敵対していて、パキスタンに対する国民感情はかなり悪いのです。

ビザの申請も面倒くさくなったので、行き先をダラムシャーラーにしぼり
とりあえずアムリトサルに向けて北上。

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アムリトサル


デリーから列車で約8時間、パキスタンとの国境付近の町アムリトサルに
やってきました。
ここは、国境の町であると共にシィク教の聖地でもあります。

シィク教の総本山、黄金寺院。池の中に浮かぶ姿が幻想的です。
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一般的にインド人=ターバン≒タイガージェットシンのイメージが強い
のですが、ターバンを巻いているのはシィク教徒だけで、全インド人の
わずか2%にすぎません。
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髪と髭を切らないという戒律のため、ターバンの中身はロン毛が
グルグル巻きになってたりします。


夕方からは印パの国境セレモニーを見に、国境の町アターリーに向います。
事前情報では17時ごろからセレモニーが始まるとのことだったので
16時半ごろにオートリクリャを拾い、いざ国境へ。

しかしながら、このオートリクシャが郊外に出た途端エンジン不調に
陥るというミラクルを起こし、スタンドに寄ったりしているうちに時間はどんどん
過ぎて行き、国境に到着したのは17時半。
やはりというか、当然終わってましたよセレモニー。
戻ってくる人に聞いてみると冬場は16時半頃から始まるらしく
出発した時点で間に合っていなかった…。 完全な誤算です。



アムリトサル


楽しみにしていたセレモニーを見ずにこの町は去れないと、翌日リベンジ。
今日は早めに準備して、15時に乗り合いタクシーに乗り込みます。
しかし、タクシーとは名ばかりでボロッボロの軽ワゴン。
完全に白タクです。
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この素敵なマシンに11人が乗り込みます(笑)。
僕の席は前列中央、右足は運転席に、左足は助手席に、股間からは
シフトレバーが突き出ているという事故ったら確実に死ねる特等席です。
ふと、後ろを見てみると4人ファミリーが2組、8人もの人が詰め込まれて
います。前も地獄、後ろも地獄です。
運転手は若い兄ちゃんで、クラクション鳴らしっぱなしでガンガンに
飛ばす上に、頻繁に携帯をかけるというデンジャラスな状況で
なかなかハードでした。

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印パ国境線。


無事にセレモニー前に会場に到着するが、観客席は人でいっぱい。
結局思いっきり端っこのほうにしか入れなかったので、セレモニー自体は
よく見えなかったのですが、周りのインド人が超盛り上がっていてこちらも
テンション上がりました。

ケータイ動画を圧縮したので見づらいですが、雰囲気が伝わればと…。


画面奥がパキスタンで、画面中央の落ち着いているエリアは女性専用席。
僕がいる男性席は口から泡を噴き出して絶叫しているインド人に囲まれた異空間。
動画でも分かりますが、僕の席からセレモニーはよく見えません。
にも関わらず盛り上がるインド人。パキスタンへの対抗心がそうさせるのでしょうか。
特別なセレモニーではなく、毎日行われてる行事なのにこの盛り上がり(笑)。

頭にトサカみたいな飾りを付けているのが、国境の衛兵です。
軍の中から、見た目重視で選ばれるらしく皆180オーバーでスラッとしたモデル体型。
セレモニー終了後は観客がなだれ込み、衛兵を囲んでの記念撮影大会です。
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パキスタンへのゲート。



アムリトサル


ここアムリトサルはインドの北部に位置するのですが、毎日天気が悪い上に
想像以上に寒い。 日本の冬とあまり変わりません。
しかしながら、泊まっているホテルは窓がちゃんと閉まらず隙間風ビュービューで
シャワーのお湯は3リットルで終了。 
寝袋&毛布でも寒いくらいのベッドの上で、これ以上寒さには耐えられない と
南下することを決意。 アムリトサルより寒いダラムシャーラー行きを諦めました。
寒いと全てが面倒くさくなっちゃうんですよねぇ。

早速、駅でハリドワール行きの列車を予約して、南下することに。



ハリドワール

列車に揺られて約10時間。 

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夜行で到着したハリドワール。ここはガンジス川上流にあるに位置しており
聖地として有名ですが、小さな村なので行くところはガンジス川しかありません。
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外国人がガンジス川沿いを歩いていると、頻繁に寄付を求められます。
取り立てるのは一応名札を下げたオッサン達。

ガイドブックによると一度払えば大丈夫との事だったので100ルピーほど払ってみると
オッサンは「たった100ルピーか!?」とキレ気味ながらも胡散臭い領収書をくれるのですが
寄付した上に何でキレられてるのか理解不能です。

この寄付徴収人は、何人もが散らばっていて1時間おき位に違う徴収人に声を掛けられ、「さっき払ったから」と領収書を見せると、黙って立ち去る人もいれば、「このエリアは、別の寄付金が必要だ」と言い出す人もいて、本当のシステムがどうなっているのか全く不明
です。システム以前にオッサン達が本当の徴収人かも怪しいところです。
そんな徴収人と時にはバトルし、時には隠れつつ歩いたり、昼寝したりしているうちに
夕方に。

メインのガート近くに人が集まっていたので、何が始まるのかわからないまま集団に
加わってみました。 
大体1000人くらいが川岸に集まり、前の方は座るように指示されます。
川岸は舗装されているものの、濡れた状態なので後ろのほうで立っていようとすると、
前の方のインド人が「ヘイ、ジャパニーズ!こっちに来い!!」と満面の笑みで手招き。
よく見ると、さっきシャッターを押してあげた若者です。
濡れた床に座るのは嫌だったけど若者の好意を無にするわけにもいかず、前から
5列目位に混ぜてもらうことに。
周りの人に聞いてみるとプージャー(祈りの儀式)が始まるとの事。

ガイドブックを座布団代わりに座っていると、古新聞の束を売り歩く老人が…。
インドにはいろんな職業の人がいるのですが、この老人はただ同然の古新聞を
座布団として売っているのです。 
初めに思いついた人すごいなぁ、とちょっと感心してしまいます。

夕暮れが近づいてくると、なにやら拡声器を持った男が寄付金を募りだします。
周りのインド人が次々と寄付をするのですが、寄付した人は名前を聞かれ
拡声器で寄付金額と名前を発表されます。
普通のインド人が300ルピーとか寄付してるのを見て、昼間100ルピーしか払わず、
それ以外断固拒否していた自分が少し恥ずかしくなる。

そして、あたりが暗くなると……




スピーカから大音量で音楽が流れ出して、人々が歌詞を口ずさみます。
群集の間を火のついた鍋みたいなのを持った男が歩き回り、なにやら
幻想的な雰囲気に。
対岸でも同じ光景が繰り広げられており、何ともいえない一体感に包まれます。
そして、気付くと涙が出ているのでした。



移動

このままガンジス川を南下していこうと決め、次の目的地をヴァナラシに決定。
早速列車の予約をとろうとしましたが、直行する列車はむこう数日キャンセル待ち
の状態。仕方なくハリドワール→デリー→ヴァナラシというルートを選択。

ここで、インドの鉄道事情について。
インドはほぼ全土に鉄道網が伸びていて、WEB上で予約→Eチケットで乗車出来ます。
昔ながらに、駅の窓口で買うことも可能です。しかしながら、券売機という気の利いた物は存在しないので窓口の行列に並びます。
しかも、ただ並んでるだけではダメで、頻繁に割り込みをかましてくるインド人とのバトルが必須です。
1、2等は、予約しないとまず乗れなくて3等は予約なしで乗れるのですが、
3等車の混雑っぷりはハンパありません。
3人シートに5~6人詰め込まれ、通路やデッキ、荷物置きまで人であふれます。
窓は、鉄格子がはめられ、壊れたガラスが閉まらない又は開かない確率が高くもちろん
エアコンなしです。
6時間以内の移動なら我慢できますが、それ以上となると拷問です…。
旅行者がよく利用する2等は、昔のブルートレインのB寝台って感じでエアコン付です。
ただ、人口の割りに列車の本数が少ない上に、1、2等の連結車両が少ないので
人気路線は2~3週間前でもキャンセル待ち状態のこともあります。

朝7時にハルドワールを出発し、順調にお昼頃デリー着。 
18時半のヴァラナシ行きに乗れば、翌朝7時に到着の予定。

……のはずが、夕方になって出発時刻が22時半に変更。
「まぁ、4時間遅れなら仕方ないか」と駅で待ち続ける僕。

すると、22時ごろにまたまた遅延発表!!
翌朝3時半出発という愕然とする時間設定。
日本なら暴動ものですが、ここはインド。 ご飯食べたりしながら気長に待ちます。

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人で溢れる待合室。 
椅子はもちろん通路までビッシリと人で埋まってます。もちろん暖房無しなので
人の熱気のみでかろうじて居られる寒さ。
プラットホームも人で溢れてる状態です。

待合室で無理矢理スペースをこじ開けて石の床に、ブランケット&寝袋という刑務所以下の状況で仮眠しつつ、待つこと、7時間…。デリー到着からだと15時間待ちです。

そして……、ついに、満を持してというかんじで来ました、「SHIV GANGA EXPRESS」。
こんなに待ち焦がれた列車、神々しささえ感じます。

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とにかく寒かったので、暖かい車内に入れる喜びで遅延に対するイライラも一気に
吹っ飛びます。
時刻は午前4時。疲れ果ててウトウトし、パッと目覚めると走ってるはずの列車が
未だにニューデリー駅から動いていない(泣)。
結局、午前5時、約11時間遅れての出発です。
とりあえず動いてくれたから一安心。12時間の道のりだから夕方には着くなぁと
爆睡…。


しかしながら、インドはそんなに甘くなかったのです。
走っては止まり、走っては止まりを繰り返し、途中駅では2時間停車なんてことを
しているうちに気付けば夕方になり、夜になり、目的地に着いたのは翌朝。

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のどかな駅でひたすら沈黙する列車にサルが群がる。

出発が11時間、走行中に14時間それぞれ遅れたので25時間遅れです。
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正規のタイムテーブルだとこんなはずだったのに…。

丸1日遅れたということは、後続の列車はどうなってるんだろうと
なんだか不思議な感じです。


つづく

 

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